スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
紹介「誰が,市民球場を壊したのか」~堀治喜
2013-06-30 Sun 07:46
「誰が,市民球場を壊したのか」
(リンク先のツイッターのまとめも,一読をオススメします)

タイトル通りの本です,図書館等にもありますので,関心のある方は是非。

市民球場解体の話が進んでいた頃,広島にいなかったこともあり,実際に解体された時は「なくなってしまった」という感覚でした。
しかし,そのショックを和らげたのは,マツダスタジアム新設というワクワク感と,ここに新たに何ができるんだろう,という期待感があったのではないかと思います。
著者は「市民は鼻に媚薬をつっこまれた」と,その解体に大きく異を唱えなかった市民に疑問を呈しています。

おそらく,広島人であれば,広島にゆかりのある人間であれば,あの場所が,市民球場がどれほど特別なものかは,私ごときの説明を要しないと思います。

しかし,その麻酔のような媚薬の効果が醒めた時,球場跡地の無残な姿に,何を思いますか。
はじめて知る,球場解体賛成者の杜撰な考えに,何を感じますか。
そして今,それを糊塗するかのように,市が進めようとしている計画に,何を考えますか。
あの場所に,あるべきものは何でしょうか。

自分たちが市民球場に抱いた感情は,楽しかった記憶は,生まれた時から,市民球場があったからです。
私たちは何もしていない。そこにあった。そして,与えられた。
しかし,市民球場を作った人たちがいる。
感謝すべきか,破壊してしまったことを後ろめたく思うか。
はたまた,考えなくていいことなのか。
今,跡地利用を考える時代に生きる広島人として,作るべきは,何か。
市民球場は,「ただの野球場」だったのか。



スポンサーサイト
別窓 | 論点について | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
1,専用スタジアムをどこに,どのような規模で建設するか
2013-06-17 Mon 09:50
(1)
以前,私なりにまとめたように
0,サッカースタジアムを建設すべき
との前提を踏まえたうえで

1,専用スタジアムをどこに,どのような規模で建設するか

が,議論の対象となってきます。

現在,協議会でまず検討しようとしているのが,この段階の議論であります。
他方,サンフレッチェを中心としたシンポジウムでは
「旧市民球場跡地に三万人規模」との案を打ち出しており,協議会でもこの前提で,具体案を検討するように求めています。

各所でいろいろな意見を見たのですが,この段階についてはサポーターの間でも,意見が一致していないようです。
「国際試合を開催できる規模にすべき」
「市民球場跡地は重大な責任が伴う」
などです。

コンセプトとして
「サッカー専用競技場」というだけであれば,土地が空いてるとこならどこでも構わないともいえます。
であるのに「便利なとこに」というのは,ただのサッカー関係者のワガママとも言えるかもしれません。
そのような「サッカー関係者のワガママ」であるのならば,その「ワガママ」で作ったスタジアムに対する「責任」がサッカー関係者・サポーターにはある,ということにもつながるかもしれません。
また,単なる「サッカー観たい人のワガママ」であればこそ
「サッカーの存在自体に公共性」があるのか
などの協議会における意見が出てくるのではないでしょうか。

しかし,私が考え,そしておそらく現在の方向性であろう
「複合型スタジアム」というのが,
「都市機能」にフォーカスしたスタジアム案であることを考えるとこの論(いわゆる「サッカーワガママ論」とでも言いましょうか。)はいささか違和感を感じます。
たしかに,その器はサッカースタジアムのフォルムであり,中央にはピッチがあるでしょう。
それを
「サッカーにしか使えない」という発想から,一歩進めてみませんか。
何ができるでしょうか。
参考としてたびたび示される欧州のスタジアムは,どうでしょうか。
また,何を造れば,広島市の都市機能が活かされるでしょうか。

そのような,具体的な活用案を考えるには
「あの場所で何ができるか」
「この場所に何が必要か」
という議論が必要になってくると思うのです。

であるからこそ,具体的に
「候補地は市民球場跡地である」
「その場所に,スポーツ複合型施設を造る」
という設定をし,具体的な案を出す,というのが必要になってくると思うのです。
そして,この案を素晴らしいものにすることにこそ,多くの知恵や意見が必要であり,ここに集中して議論の時間を割くべき段階であるとも考えます。
(私は協議会が現在なすべきは,ここであると考えます)

そして,それこそが,市民球場跡地の開発コンセプトである
「若者を中心とした賑わいの創出」
にも合致するのではないでしょうか。
(しかし,今はまず,スタジアム建設協議会において
「市民球場跡地に,このプランのようなスタジアムを建設すべき」
との意見がなければ,跡地利用候補にも残らないのですが…)

(2)
「都市機能を言うならば,なぜ,サッカースタジアムと複合しなければならないのか」という疑問もあるでしょうか。
意地悪く言えば,活用方法の前提にサッカーありきなのがおかしい。サッカースタジアムも利用方法の一つにすぎないはずなのに,サッカー+αが,当然の前提なのはなぜだと。
その答えとしては,スタジアムの形態として,①コンサートやイベントなどとの複合型施設になじむ②サンフレッチェが今広島で人を大きく動かせるソフトの一つ,であるということも大きいのではないでしょうか。
(サンフレッチェの魅力は,いつか章を改めて独演会をしたいくらいですが,ここはひとまず置いておき…)

以前も書いたように,現在スタジアムが広域公園の場所にあることによる損失は,市民球場跡地にあった場合と比較し年間80億とも試算されています。(Jリーグ・佐藤氏の試算)
広島市民のサンフレッチェに対する関心は,ことのほか低く,サンフレッチェに興味を示さない人欧州サッカーと比べてレベルガーとか言ってる,知ったかぶりしたやつらと,よく話すのは
「あそこまでわざわざ行かない,めんどい」
ということです。
正確に調査したわけではないですが,そのような人達ですら
「市民球場の跡地にあれば行く」
との意見が出ます。

単純な集客のアップ,アウェイからの来客,年間の試合数こそ野球と比べて少ないですが,いまだに菓子博一回しか開催してない空き地より集客できるのではないでしょうか。
また,一試合2万人,年間17試合+ナビスコ最少3試合,として,20試合で40万人というラフな試算をしても,他に年間40万人動員できる利用案があるでしょうか。

また40万人は来るだけではなく,経済効果を及ぼします。
ここも公園や,他の「人が来るだけ」施設とは違うメリットではないでしょうか。

ここに複合型の施設を加えることで,40万人からの更なる上乗せが可能となるのです。
スタートから一定の利用者が確保できる利用案…というのが,複合型施設のメリットともいえるでしょうか。

では,
「そのような複合型施設としてスタジアム候補地を絞るとしても,なぜ,旧市民球場跡地でなければならないのか」
コメント頂いたように,アクセスの問題が一番大きいでしょう,誰が考えても一番便利な場所にあります。
上述のように,多くの観客動員が見込め,経済効果を考えたときに,「どこに人を集めるか」というのは重要なことです。
郊外に集めても,集まるだけ,ではないでしょうか。
また,ミュージアムにしろイベントホールにしろ,併設したはいいが,誰も利用しない…というのでは意味がありません。
現在市内中心部においても不足が指摘されているイベントスペースやホテルの宿泊施設など,現在の広島における都市としての脆弱性を補完し,都市機能を強化するためにも,複合型機能を備えた施設を造ることは,様々なメリットをもたらすのではないでしょうか。


(3)都市公園法との兼ね合いによる限界は

これに関しては,色々な方が調べてまとめてくださっております。

旧市民球場に関わる都市公園法について

旧市民球場に関わる都市公園法についてⅡ

私もしっかり読んでみますので!!


@kyusimin 私がスポーツ施設を中心とした街づくりに賛同しているのは、スポーツ界の方が満足とは言えないハード条件の中でもソフトで地域に根差した活動ができていると評価しているからです。だからこそ都心に拠点を作れば賑わいをそのまま持ってこれる。演劇や芸術ではまだ厳しいのでは?

という意見には,大賛成です。
発言は2011年5月2日

以前からしっかり考えて,発言されていた方がいたんですね。

こんなことが実現しそうな無能独裁市長時代も,最近まであったと思うと,ここから今の状態まで巻き返したのは,ある意味奇跡かもしれません。
この頃の私は「傍観者」にすぎず,何もしていなかったからです。



別窓 | 論点について | コメント:8 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
紹介~紫熊倶楽部より「夢スタジアムのために必要なこと」
2013-06-14 Fri 09:44
今月発売の紫熊倶楽部で,中国新聞の日野淳太郎記者と,サンフレッチェ広島オフィシャルの西尾浩二ディレクターが,表題について対談されているのでご紹介したいと思います。

お二人とも
「スタジアムの位置づけ,運営に対する考え方」
を指摘。
そのためのヨーロッパのスタジアムの運営会社の役割,機能などを,東京ドームの例を出しながら,説明しておられます。

そして,広島の「都市計画を語る上での複合型施設の必要性」
について。

何より重要なのは
「意義づけ,コンセプト」であるとし

「このスタジアムはどうあるべきか」
「どんなスタジアムが必要なのか」


ということについての議論,会話が足りないのではないか,との指摘をされています。

そして,そのために何が必要か,どのようなものを造ろうか,を語り

「後発であるが故に,最先端でなければならない」
との,カープの松田オーナーの言葉を紹介し

「新しいものを造る。そのためにまず,研究する」

とおっしゃっています。

4ページの紙面からは,熱く語る姿が想像できるような記事です。
是非とも,書店などで手にとって頂きたいと思います。


(以下,私見)


スタジアムのコンセプトについての会話が足りないのではないか,との指摘が記事の中でありました。

コンセプトがあるからこそ,施設のコーディネートが可能となるわけであります。
ところが,広島において見受けられるのは,(少なくとも,私の印象ですが)
そのようなコンセプト,夢を語る以前にマイナス要素をあげて

「~だから,できない」(例・借金が増えるから,作らない)
「~だから,要らない」(例・ビッグアーチがあるから,要らない)
「~が心配・不安だ」(例・サッカースタジアムなんて作ってやってけるのか)

という意見が多いのではないでしょうか。
もちろん,問題点を指摘し,検討・検証することは必要不可欠であり,それをするな,ということではありません。
しかし,まずはコンセプトを打ち出し,その議論をし,コンセプトに賛同を得られるのか,そもそもそのようなコンセプト・理念(概念とも訳されますが,意訳として)から,賛同しかねるのかを問う。
ところがコンセプトに対し,事実上の支障・問題点を示して反対するというのは,噛み合っていないのではないでしょうか。
なぜなら,コンセプトを実現する具体的な案・手法に対し「現実的にそのような方法はとりえない」「そのような案には,このような問題点があるはずだが,どうするのだ」
と議論するべき事柄である,と考えるからです。
特に「新しいものを作る」というのはそういうことではないのでしょうか。
「そんなことできない」「問題がある」では,何もできないのではないでしょうか。
少なくとも,無邪気にまず「夢」を語り「夢スタジアム」の理想を膨らませることは,大事なのではないでしょうか。
「夢」があるならば,「夢の器」を作りたいならば,可能な限りそれに向かって努力することができるはずです。
必要は発明の母,との言葉は,なにもエジソンのような発明品の話だけではありません。
少なくとも,「ひろしま夢スタジアム」は,何も10万人規模のスタジアムや,バベルの塔を造ろう,というのではありません。
その夢は,夢と呼ぶにはあまりにも「等身大」の夢を語っている,とも言えます。

広島の中心部に,何が欲しいですか?
市民球場跡地が,空き地で寂しくありませんか?
○○があればいいな,と思ったことはありませんか?
広島に自慢できる名所があったら,嬉しくないですか?






別窓 | 論点について | コメント:3 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
現在の論点 0.広島にサッカースタジアムは必要か
2013-05-31 Fri 16:51
昨日書いたように,現在広島市ではスタジアム建設のついての協議会を立ち上げ

1,まず専用スタジアムをどこに,どのような規模で建設するかという議論がなされる予定です。

そして,

2,協議会が「サッカースタジアムを市民球場跡地に建設すべき」との決定をした場合は,「文化・緑地施設」との比較
ということとなり

3,比較検討の結果,市長の判断
ということとなる模様です。

私ごときの情報がどれだけ確かかわかりませんが

「サッカースタジアムを建設しよう」

という点においては,38万人もの署名を集め,設置された協議会の立ち位置を見ても流れは大きく,もはや当然の前提となっているかのようにも思えるかもしれません。

しかし,興味をもってここをご覧になっている方以外の広島市民の中には

「ビッグアーチもあるのに,なんで作る必要があるのか」

という発想の方もまだまだ多くいらっしゃるのではないでしょうか。

まず市民の理解,という点においては,この当たり前の前提を本当に当たり前にする,という点は基本でありますが,基本であるからこそ,重要なのかもしれません。

過去に,秋葉氏が議論だけさせて延々と結論を伸ばしたのも,無視できると踏んだからでしょう。
無視できないほどの声にまとめあげる,というのは民主主義,「健全なる市民主権」(石橋りゅうじ議員 )の地域においては,とても重要かつ根本的なことだと思います。

そこで,論点の位置づけとしては

0.広島にサッカースタジアムが必要なこと
が,まず冒頭に来るのではないでしょうか。

(以下,随時更新予定です)

スタジアムの必要性として考える場合

(1)必要だ,という積極的理由
(2)ビッグアーチでの限界,という消極的理由

に大きく分かれるかと思います。

(1)スタジアムが必要な積極的理由としては

①サンフレッチェという,広島の財産であるクラブの効果を最大化させることができること
②都市機能として,街づくりの効果も発揮できること

①については,ビッグアーチの限界とも重なりますが,アクセスの問題がまず存在すると思います。

サンフレッチェ広島,という素晴らしいクラブチームが広島にあっても,多くの人に見てもらうことができなければ宝の持ち腐れとなってしまいます。
例えば,行きたくても平日などは仕事終わりでは間に合わない,土日でも他の用事があれば間に合わない…
また,遠いがゆえに「ちょっと見てみようか」という気分ではなかなか観に来てくれない…ということもあるのではないでしょうか。

しかし,ご存じのようにサンフレッチェ広島は,地方クラブながら素晴らしい努力で昨年Jリーグで優勝しました。
この素晴らしいサンフレッチェ広島というクラブを,多くの人にとって見やすい場所で,多くの人に見てもらう,見ることができるということは,クラブの選手の努力に相応しい広島の財産なのではないでしょうか。

また,単純なアクセスの改善による観客数のアップ(統計によるスタジアム周辺5キロ圏内の人口)のみならず,より見やすい場所で,より多くの観客が期待できるということはより露出が増すことになり,広告などの価値も付随的に増すこととなります。
サンフレッチェにも,スタジアムにも,また,広告を出す企業などにとっても,露出が増えるということはメリットとなるのです。

そして,観客・利用者が増えれば周辺の経済も活性化が期待できます。
今のビッグアーチは,行って帰るだけ,というのが多くの人の感想です。
勝利の祝杯をあげたい,仲間と盛り上がりたい,負けた悔しさを晴らしたい,お土産を買いたい,家族で食事をして帰りたい…
残念ながら,これらの行動はビッグアーチでは不可能なのが現状です。
せっかく集まった1万人を超える観客が,何もせずに帰っていくだけ…

さらに,検討されているサッカー専用のスタジアムであれば,サッカーそのものの見やすさが劇的に変化します。
サンフレッチェの素晴らしいサッカーを,観る側も,プレイする選手達も,より近くでより身近に見て感じることができるようになります。

これはふと思いついたのですが,(まだ仮の段階ですが)市民球場跡地であれば,原爆ドームが見えるはずです。
(スタジアムの設計によっては,見えないかもしれませんが)
原爆から復興した広島のシンボルを背に闘う広島の選手・サポーター…
どんな苦しい場面でも,試合でも,
「絶対に諦めない!」という気持ちも湧いてくるのではないでしょうか。

さらには,市民球場跡地であれば,マツダスタジアムとの距離が近く,ハシゴも容易に可能です。
カープもサンフレッチェも見たい,という人には,両試合のお得な観戦チケットを販売するのも可能になるかもしれません。
プロ野球とJリーグの試合が両方見られる都市,というのは日本でもほとんどありません。
それをより見やすくすることも可能になるはずです。


協議会での意見を聞いて感じたのですが
「広島市民・県民のサンフレッチェに対する関心の度合」
は,少し私の想像を超えていたようです。
論点0以前に,サッカーの位置づけ,などから始めた方がいいのでしょうか。
サンフレッチェがどのような努力をしていたのか,どのような素晴らしい結果を残しているのか…
「知らずに語る」ということだけは,固く控えて頂きたい,とは思います。
サンフレッチェが,どのような努力をして素晴らしい結果を残しても,まったく見向きもしない…
私は未来を語る・考える上でこそ,サンフレッチェの存在は広島の希望と言っても過言ではないと思います。


別窓 | 論点について | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
| ひろしま夢スタジアム~スタジアムは、街づくり~応援ブログ |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。